岩城禎の高校や大学は?仕事の経歴や卓球の実力も調査!

3月1日(月)放送の『激レアさんを連れてきた。』では、『才能が無いのに、25年間ひたすら卓球だけをやり続けていたら35歳で奇跡を起こしちゃった人』と題して、 岩城禎(いわき・ただし)さんが出演されます。

この岩城禎さんの卓球への情熱は、もはや情熱を通りこして、卓球を執拗に追い回す「卓球ストーカー」。

「週に9日間練習する男」として、卓球の練習に人生の全てを捧げているのに、才能が無いのか…全国レベルの実績は全くありませんでした。

にもかかわらず、諦めるどころか、職も捨て、さらに卓球の練習時間を増やし、なんと35歳にして全日本卓球選手権に初出場する、という奇跡を起こすのです!

この記事では、

岩城禎さんのwiki風プロフィール・高校や大学は?

岩城禎さんの仕事の経歴は?

岩城禎さんの卓球の実力は?

という内容で調査してみました。

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岩城禎のwiki風プロフィール・高校や大学は?

岩城禎さんのwiki風プロフィールを見てみましょう。

名前 岩城禎(いわき・ただし)
生年月日 1986年?
年齢 35歳(2021年1月現在)
出身地 大阪府堺市

岩城禎の卓球との出会い

岩城禎さんと卓球との出会いは小学校5年生の時でした。

必修クラブで陸上部に入ろうとしたところ、定員8名に希望者が9名いて、じゃんけんしたところ、一人だけグーを出して負けてしまい、仕方なく入ったのが卓球クラブ

そこから、岩城禎さんの卓球人生が始まります。

岩城禎の中学・高校は?

岩城禎さんのお父さんは、弁護士でした。

お父さんは、将来は自分と同じ京都大学に入れて、やがては自分の弁護士事務所を継がせようと、岩城禎さんにできる限りの教育環境を与えます。

岩城禎さんは中学受験をして、中高一貫の進学校である良学園に入ります。

奈良学園の偏差値は65

文武両道を推進しており、クラブ入部率90%以上と高いところも特徴の一つでした。

岩城禎さんはもちろん卓球部に入部し、進学校に通いながら、なんと勉強そっちのけで卓球に全力投球してしまいます。

高校時代には、卓球場で毎晩11時まで練習し、1時に帰宅して5時半に起きるという生活だったため、学校ではほぼ寝ていたそうです。

そんな生活のため、入学時は上から3位だった成績が卒業時には下から3位になってしまい、大学受験も希望の大学に受からなかったため、1年浪人を経験します。

岩城禎さんの大学時代は?

翌年、岩城禎さんは、神戸大学法学部に合格します。

お父さんも、ようやく弁護士を目指す気になったかと安心したものの、その期待とは裏腹に岩城禎さんは、ますます卓球に人生を注ぎ込んでいきます。

授業にはまったく行かず、「緑の館」と呼ばれる練習場に毎日朝8時半から夜10時半まで居座り、代わる代わるやってくる部員相手に練習するという、もはや完全に「緑の館の主」となり一目置かれる存在になります。

卓球ばかりやっていたので、大学を卒業するのに5年かかり、ようやく司法試験を目指して勉強を始めたものの、そこでも試験勉強に1点集中することはなく、卓球の練習は毎日欠かさず行うという生活は変わらないので、試験は数回挑むも不合格。

ここまでくると、もはや誰も止められない、「卓球ストーカー」となっていくのです。

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岩城禎さんの仕事の経歴は?

岩城禎さんは27歳になったある日、付き合っていた彼女(おそらく現在の奥さん)に『司法試験に受かるか就職しなければ別れる』と告げられ、公務員になることを決意。

公務員を選んだ理由も、卓球の練習時間を確保できそうだったから…。

結婚と同時に奈良・大和郡山市役所に就職します。

しかし、せっかく就職できたというのに、『一度きりの人生!このままの生活、練習量では全日本は厳しい』と思い、わずか2年で退職。

岩城禎さんは、ここでもなんと卓球・全日本出場という夢のために、安定といわれる公務員の職も捨ててしまいます。

そこで、選んだ選択は投資で生計を立てること

それが、順調に利益が出せるようになり、平日の昼間から好きなだけ卓球の練習ができるようになります。

そして、職も捨て大好きな卓球に人生を捧げた結果、ついに奇跡が起こるのです。

卓球エリートしか出場できないとされる全日本卓球選手権という夢の舞台の切符を、35歳にして手に入れるのです。

岩城禎さんの卓球の実力は?

岩城禎さんの卓球の実績をご紹介します。

  • 小学生時代 小学校の卓球クラブで1番
  • 高校生時代 奈良県ベスト8
  • 大学生時代 関西学生リーグ3部の神戸卓球部で3位
  • 全日本予選 兵庫県で7,8回 奈良県で6回 合わせて15回ほど挑む
  • 2021年1月卓球・全日本選手権出場

1回戦、相手の棄権により不戦勝

初戦、13歳の天才少年・松島輝空(そら)選手に4-11、7-11、4-11でストレート負け

これをみてわかるように、お世辞にも卓球の才能があるとは言えない実績です。

全日本に出る選手の多くは、小学校や中学校で早くもすごい実績を持つ卓球エリートたちで占められると言われています。

しかし、そんな中でも、岩城禎さんは諦めませんでした。

その結果、卓球人にとって勝つどころか出ることすら叶わないと言われている、全日本選手権の夢の舞台に立つことができたのです。

岩城禎さんは、次のように語っています。

今までは“出る”のが目標でしたから、来年は“出た上で1つ勝つ”ことを目指します

まだまだ、実力を伸ばしてくれそうですよね!

まとめ

岩城禎さんの高校や大学は?仕事の経歴や卓球の実力も調査!という内容でご紹介しました。

岩城禎さんは、全日本の試合後のインタビューで次のように語っています。

いろんな気持ちがあるんですけど、一言で表すと楽しかったです。

自分の中で一番人生を充実させてくれたものが卓球なので、死ぬまで卓球を楽しむことを夢にしたいなと思います。

弁護士の道より、公務員の職より、大好きな卓球をひたすら、ひたむきに続けてきた岩城禎さん。

才能なんて関係ない。

自分にブレーキをかけずに、好きなことを思いっきりやってみよう。

きっと、岩城禎さんの生き方に、勇気づけられる人は多いのではないでしょうか!

岩城禎さんの今後の卓球人生も楽しみに、応援していきたいと思います。

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